引き続き、西新宿『スナック・ニッポニア』のマスター でありニッポニアエレクトロニカ名義でDVJ活動も行う 浜里堅太郎さんをお迎えしてお送りいたします。
後半は『スナック・ニッポニア』としての活動(経営/運営)を中心にお話を伺いました。
お店をはじめた切っ掛けや試行錯誤の運営状態、おすすめメニューの「グリーンカレー」「薫製」「ピーチミルク」などについての珍妙なエピソード。。
「薫製」については、スモーカーを導入しているそうで、更に美味しいスモーク類が召し上がれます!
引き続き、西新宿『スナック・ニッポニア』のマスター でありニッポニアエレクトロニカ名義でDVJ活動も行う 浜里堅太郎さんをお迎えしてお送りいたします。
後半は『スナック・ニッポニア』としての活動(経営/運営)を中心にお話を伺いました。
お店をはじめた切っ掛けや試行錯誤の運営状態、おすすめメニューの「グリーンカレー」「薫製」「ピーチミルク」などについての珍妙なエピソード。。
「薫製」については、スモーカーを導入しているそうで、更に美味しいスモーク類が召し上がれます!
西新宿『スナック・ニッポニア』のマスター でありニッポニアエレクトロニカ名義でDVJ活動も行う 浜里堅太郎さんをお迎えしてお送りいたします。
前半は『ニッポニアエレクトロニカ』の名前の由来から、音楽との付き合い(YMOのコピーバンド他)や映像のネタなど、興味深いお話を伺いました。
まるこげレビュー、
第一回目はジョン・グリシャムの2008年の作品『謀略法廷』を取り上げます。
ゲストにナナエモンさんをお迎えして、著作レビューを中心に他の法廷にまつわる作品の話を織り交ぜながらのトークとなっています。
今回は佐藤洋一さんの著作『あの日の神田・神保町』の話から、その街の起こり、そして古本〜古書店の愉しみ方についてお伺いしました。
(回を重ねる毎に呑み屋的な空気が出て来ております。。)
関心? 無関心?
一枚のスナップ、一つの写真でも観る人によって千差万別。
そこに写る風景、人々の表情、写真一枚でも見る人の目、
感受性によって大きく変化する発見。
引き続き、アシュラ・テンペル(Ash Ra Tempel)と、その関連作品をお届けいたします。
前回は1971年から76年までの5年間で発表された作品を追ってみましたが、
今回は少し飛んで、1979年以降の作品からのピックアップになります。
それでは早速、ニューウェーブ色の強くなった2曲を続けてお届けします。
1979年のアルバム『コーリレーションズ』から「アイス トレイン」。
そして、翌1980年の『ベル・アライエンス』から「スクリーマー」。
いずれもニューウェーブ色を覗かせながらも、
そこは“なるほどゲッチング”と思わせるネバっこいフレーズが聴き所です。
今回はアシュラ・テンペル(Ash Ra Tempel)と、その関連作品を
年代を追って何曲かをピックアップしながら、2回に分けてお届けしようと思います。
アシュラ・テンペルは1970年、当時の西ドイツでマニュエル・ゲッチングを中心として結成、
1971年のファーストアルバム『Ash Ra Tempel(First)』からその歴史が始まります。
初期はサイケデリックな要素が強くクラウト・ロックなどと形容されていました。
タンジェリン・ドリームとの関係も深く、
クラウス・シュルツェも71年のファーストでは中心人物としてパーカッションで参加し、
同じく、タンジェリン・ドリームと関わりのあったミハエル・ヘーニッヒとも、
95年に50分にも及ぶコラボレーション作品を生み出しています。
アルバム3作目までは時代的に
ドラッグ、ヒッピー文化とは切り離せないアクレッシヴな演奏を聴く事が出来ます。
時代の流れや、それに伴う機材の進化と共に中期からはアシュラ(Ashra)と名を変え、
後にジャーマン・プログレ、ジャーマン・エレクトロニックと形容される要素を強めながら、
現在まで活動しているバンドです。
第1回目の後半も引き続き佐藤洋一さんにお話を伺います。
写真を通して戦後昭和の銀座を中心に時代と共に移り変わるの街の流れや、
後半ではこぼれ話も興味深内容です。
途中、ハプニング!? 地震!?。
そこも生録ならでは。
第1回目は都市史研究者の佐藤洋一さんをお迎えしてお送りします。
佐藤さんは1995年早大大学院を修了。都市史を専攻され、現在は早稲田大学芸術学校の教員をされて、著書も数多く執筆されています。
都市史や写真、ヴィジュアルイメージの研究に至るまで幅広い見識を持った佐藤さんから興味深いお話を伺いましたので、2回に分けてお送りいたします。